光周波数コムによるレーザー分光

光周波数コムによる高分解能分光

光周波数コムというレーザー装置を使って高分解能に赤外線吸収スペクトルを分解する方法を開発しています。以下にちょっと詳しいことを書いています。

高分解能分光

まずはじめに高分解能分光について説明します。物質(なんでもいい)に光を当てて、その反応を見る、という研究は大変多いです。この時、光の波長(周波数)を変えた時の反応の変化を見る手法を一般的に「分光学」といいます。この光の周波数をどこまで細かく区別できるか、が分解能です。例えば、波長500 nm (緑色、周波数だと6×1014 Hz)の光で、1 GHzの違いを区別できる場合(つまり、6.000 000 ×1014 Hzと6.000 001 ×1014 Hzの違い)と、1 MHzの違いを区別できる場合(つまり、6.000 000 000 ×1014 Hzと6.000 000 001 ×1014Hzの違い)では、後者のほうが分解能が3桁高い(あるいは よい)のです。

高分解能分光の意義

高分解能にするのは場合によっては非常に大変ですから、なんでも高分解能にすればいいわけではありません。また、高分解能の程度は分光の対象にしているものによっても変わります。私たちが対象にしているのは赤外線波長領域(800 nmくらいから2000 nmくらいまで)でのシンプルな気体分子の吸収です。この波長域には、たとえばメタン分子などの吸収があります。

この吸収は、ある特定の光の周波数でのみ起こります。どこの周波数の光を吸収するかは、メタンのエネルギー準位の分布で決まります。例えば、HITRANというデータベースを使うと、どの周波数(波長)でどれくらいの強さの吸収が起きるのかわかります。下の図は、HITRANを使ってメタン分子の吸収スペクトルがある位置を示した図です。横軸は「波数」という単位(cm-1)で、光の波長の逆数です。1 cm-1 は30 GHz に相当します。縦軸は吸収強度です。

 

この遷移1つ1つはだいたい0.2 GHzくらいの幅で広がっています。この広がる理由は、分子が熱運動していて、ドップラー効果を起こし、そのため、それぞれの分子にとっては光の周波数を少しずつ違う周波数が来ているものと感じるからです。

じつは、ドップラー効果による吸収スペクトル線の広がりはうまく測定するとキャンセルできます。そうすると、もっと吸収スペクトル線が細くなります。この遷移周波数を正確に測定すると、メタンのエネルギー準位を正確に測定できます。このような測定は、例えば、量子力学の理論の検証、物理定数の時間変化、物理モデルの検証などに使え、また、原子時計の精度向上にも役に立ちます。将来、さらに精度が向上した暁には、原子核の構造なんかも測定できるようになるかもしれません。現在、通常の素粒子実験で必要なエネルギーは高くなりすぎて、人類の手におえないようになりつつあります。そのような実験でも、高分解能分光ならばもっと安上がりにできると信じています。

もう1つの高分解能分光の重要な応用は、リモートセンシングにあります。リモートセンシングとは、例えば大気中のメタンガスの濃度を光を使って検出する技術です。これはまさしく分光学の応用です。特に、メタンは主要な温室効果ガスの1つなので、リモートセンシングで検出する重要な対象です。これを高分解能にすると、スペクトル線の形を正確に測定できるようになります。前に書いたように、スペクトル線の形は気体の熱運動(温度)に関係しています。つまり、スペクトル線の形を正確に測ると、気体の温度が測れるのです。他にも、スペクトル線の形は圧力にもよりますし、また、スペクトル線の中心周波数は気体分子が運動している方向を意味します。また、メタンの他の吸収スペクトルを同時に測定すれば、同位体の存在比なんかも分かります。このように、スペクトル線を高分解能に測定すれば、濃度だけでなく、他の物理量も同時に測定できるようになると期待されます。

私たちは、光周波数コムを使った分光法を高分解能にすることを目的に研究しています。

光周波数コム

光周波数コム発生器は要は超短パルスレーザーです。このレーザー光がどのような周波数分布になっているかというと、下図のような一定の間隔の細いスペクトル線が何本もある周波数分布になっています。この間隔はパルスの繰り返し周波数と一致し、スペクトルの広がっている範囲はパルス幅の逆数程度となっています。この形状が櫛(comb)の歯のように見えるので、「光周波数コム発生器」と言います。櫛の歯が一定間隔なので、光周波数のものさしとして使用することができ、光周波数を容易に測定できます。

コム直接分光

光周波数コムは非常に広い波長帯域に同時に発振するレーザーのようなものですから、これを使って広帯域な分光をしよう、という研究がよくされています(コム直接分光)。最近開発された有力な方法は「デュアルコム分光」という2つの光周波数コムを使う方法です。本研究室では、1つの光周波数コムと1つの連続発振(cw)レーザーを使ってコム直接分光を使用としています。この方法は、デュアルコム分光と比べて、同時に測定できる範囲は狭くなるが、非常に高速に測定できるという特徴があります。この特徴を活かして、高分解能分光を行おうとしています。

コム直接分光の高分解能化

コム直接分光の分解能は、光周波数コムの繰り返し周波数で決まっています。高分解能分光のためには小さい繰り返し周波数の光周波数コムが必要です。しかし、技術的な問題から小さい繰り返し周波数の光周波数コムを作るのは難しいのです。そこで、「電気光学変調」によって光周波数コムの繰り返し周波数を実質的に小さくする(整数分の1)にする方法を開発しています。