生命体の左右非対称性(=不斉性、キラリティー)

不斉炭素

生命体はアミノ酸や糖類という有機分子で作られている。ここで、 有機物は炭素原子を含む化合物のことである。 炭素は4本の原子価を持つが、それが四面体の角に向かって伸びて 立体構造をつくるとき、 周りの原子または原子団が全て違うと、 分子式は同じでも立体構造が右手と左手のように互いに鏡像関係にあ る異性体が可能である(図1)。 つまり、片方を鏡に映してやれば、もう一方と重ねられる関係にあり、 この性質を不斉性(キラリティー)という。 二つの異性体は鏡像異性体といわれ、物理的、化学的性質はほとんど同じなので、 普通の化学合成では両者が半分ずつ混ざったラセミ混合物ができる。 しかし、 地上の生命体ではほぼ一方の異性体しか存在していない。 例えば、タンパク質をつくるアミノ酸はほとんど皆左手型(L体)であり、 一方、遺伝情報を担う核酸を構成している糖類は右手型(D体)である。 なぜこのような左右の不均衡、つまり対称性の破れがあるのだろう。 しかも、それはほぼ100%破れている。 これは、生命の起源とも関連した謎である。

●有機物反応に於けるキラリティー選別

phase_diagram

最近、不斉性を持つ有機物(右手型と左手型をそれぞれRとSと呼ぼう)の生成反応で、 初め不斉性を持たない材料Aの溶液中に RとSの分子数を僅かに違えて入れておくと、 最終産物ではRとSの数の違いが 増幅されるという化学反応が、見つけられた[1]。 不斉な生成物が多数集まって、自分と同じ型を作る化学反応の触媒作用 をしていると、このような増幅が可能である。 我々は、自己触媒に加えて、RやSが不斉性を持たない材料Aに 分解してリサイクルされれば、完全な不斉性、つまりRかSのうち 一方しか存在しなくなることを理論的に示した [2]
[1] K. Soai, T. Shibata, H. Morioka, and K. Choji: Nature 378 (1995) 767.





●結晶成長に於けるキラリ対称性の破れ

材料のリサイクルによって左右対称性が完全に破れる他の例としては、 最近の結晶成長の実験が挙げられる [3] 不斉性を持たない分子でも、結晶として集まると右左の区別が生じることがある。 その例は水晶である。溶液からこのようなキラルな結晶を成長する実験で、 溶液をかき混ぜていると片方の型の結晶だけが選ばれた。 かき混ぜることにより、できた結晶を壊してリサイクルしていることが 重要と思われている。 [4]

共同研究者: 日向裕幸(慶大)

Last update: 05/6/15