白濱研究室研究テーマ

 白濱研では15年近くにわたり、ナノメートルサイズの空間に閉じこめたヘリウ ム(4He)の研究を行ってきた。物性物理学の巨人であるP.W.Andersonはその昔、 著書「Basic Notions in Condensed Matter Physics」(1983)の中で、凝縮系物 理の「基本原理」として「対称性の破れ」と「断熱的連続性」を掲げたが、ヘリ ウムはこの両方の性質が、超流動およびフェルミ液体状態として直接発現するユ ニークな物質である。近年、この2つの基本原理に加えて「トポロジー」が新し い基本概念として加わろうとしているが、ヘリウム3(3He)の超流動状態に備わっ た性質はこの新奇なトポロジーの典型であると認識されている。これらの基本概 念は、宇宙や物質の起源を探る高エネルギー物理学はじめ物理全般に共通するも のであり、その意味でヘリウムはそれ自身に全ての物理学、あるいは「宇宙」を 含んでいる(「コップの中の宇宙」)、ということができる。

 

1. ナノスケールヘリウムの研究

1-1 ナノ多孔体中ヘリウムの量子相転移・量子臨界現象の研究

 液体ヘリウムの超流動は、ヘリウム原子の持つ波動性の現れである。しかし超 流動の発現には原子間の相互作用(相関)も不可欠である、とランダウに始まる超 流動の理論でいわれてきた。我々は孔径3nm程度のナノ多孔体に4Heを閉じこめる ことで、超流動の様相が劇的に変わることを発見し、これが閉じこめによる原子 間相関の増強によることを見出してきた。ナノ多孔体中4Heの超流動性は加圧に より絶対零度まで抑制され、超流動と非超流動状態間の「量子相転移」を示す。 さらに非超流動状態が、ヘリウムが局所的にボース・アインシュタイン凝縮 (BEC)を起こしながら巨視的には超流動を示さない「局在BEC(Localized BEC)」 状態であることを明らかにした。これらの様相はEggelと押川によるボースハ バード量子回転子模型の理論で理解され、量子相転移点近傍での超流動状態は4 次元XYの普遍性クラスを持つことが示唆される。要するにナノ空間における超流 動の抑制と量子相転移は、粒子性と波動性の競合状態の変化によりもたらされる ことが明らかになった。
 また上記の多孔体ではヘリウムが3次元的に繋がった構造を持つが、真っ直ぐ な1次元細孔でも量子相転移が生じることが電通大の谷口らにより見出されてお り、次元性や細孔構造の乱れが量子相転移に与える影響は、未解明の重要な問題 として残されている。これらの課題を含む絶対零度近傍での振る舞いを明らかに すべく、現在熱伝導や弾性率測定による励起ダイナミクスの研究を準備している。

1-2 ヘリウム薄膜の量子相転移

 単原子層程度の厚みで多孔体基盤の内壁に物理吸着した4He薄膜は、吸着量を 変えることによって固体基盤に強く束縛された局在固体状態と、超流動状態間の 量子相転移を示す。最近我々は、局在固体状態の弾性率が低温で増大する、すな わちヘリウム薄膜が硬くなることを発見した。この弾性率異常は、局在状態が励 起にエネルギーギャップを持つために生じることが詳細な解析により明らかに なった。励起状態は空間的に拡がった状態であり、ギャップが臨界吸着量(量子 相転移点)で消える(Δ→0)ことにより拡がった状態に原子がボース凝縮して超流動 が現れる、という明快な描像で、ヘリウム薄膜の現象の殆どを理解することがで きる。また局在状態と超流動状態の両側の特徴的エネルギーの吸着量依存性か ら、量子相転移が2次の連続相転移であることが示唆される。
 弾性率の詳細な測定を進めると共に、上記の描像をヘリウム3や水素薄膜にも 適用し、新しい量子相転移や超流動を探索することを検討している。

1-3 ナノスケールヘリウムの超流動制御とその応用

 ナノ多孔体に閉じこめた4Heの量子相転移は、従来の超流動の概念と相容れな い性質をもつ。それは超流動コヒーレンス長よりずっと長いスケール(~3nm)で超 流動の抑制が起こることである。超流動の巨視的波動関数の空間変調の長さス ケールをコヒーレンス長と呼ぶが、4Heでは原子サイズの大きさである。(3Heで は数十nm、超伝導では数nm~数百nmである)
 このような超流動秩序変数が抑圧される性質を利用して、孔径と細孔方向が良 く制御されたナノポアを開発し、超流動ヘリウムの特性を制御する試みを進めて いる。更にナノポア中4Heにより超流動ジョセフソン接合を実現し、地球自転速 度の測定などの基礎物理学への応用展開を目指す。

2. 微細加工を用いたトポロジカル超流動の研究

 近年トポロジカル超伝導(超流動)の研究が急速に進展しているが、万人が認め るトポロジカル超伝導体はまだ存在しない。超流動ヘリウム3は、現在唯一確定 しているトポロジカル超流動体である。白濱研では、ナノスケールヘリウムの研 究で培ってきた実験技術を用いて、超流動ヘリウム3の擬2次元薄膜をトポロジカ ル超流動の側面より研究している。

2-1 ナノ・マイクロ構造中超流動3He

 超流動ヘリウム3はA,B,A1と呼ばれる3つの相を持つが、B相は「非自明なトポ ロジカル超流動状態」であることが確立している。B相の表面界面にはアンドレ エフ束縛状態と呼ばれる特異な準粒子状態が形成され、そこに存在する準粒子は 粒子と反粒子が同一な「マヨラナ粒子」の性質を持つと考えられている。マヨラ ナ粒子は素粒子物理でも未発見の粒子である。また、A相はそれ自身トポロジカ ル超流動ではないが、Aの2次元薄膜はギャップノードが消失したトポロジカル超 流動となり、薄膜の縁(エッジ)にやはり特異な準粒子状態の発現が期待される。 白濱研では、シリコンウェハーに1μ幅のマイクロスリットを貫通させる微細加工 技術を物理情報工学科伊藤研究室と東大院工三田研究室と共同で開発し、スリッ ト中につくられる擬2次元超流動ヘリウム3のトポロジカル性の研究を行う。また 2次元3Heに期待される集団励起(ヒッグスモード)を、スリットを透過する超音波 により観測することを試みる。

2-2 カイラルエッジ流と自発的角運動量の探索

 3He-A相は軌道角運動量が巨視的スケールで一方向に揃い、時間反転対称性の 破れた「カイラル超流動体」である。A相の2次元薄膜では、超流動質量流が縁を 自発的に流れることが堤らにより理論的に提案されている。この「カイラルエッ ジ流」を実験的に観測することを目指している。カイラルエッジ流にはB相界面 と同様にマヨラナ準粒子の寄与が期待される。また、A相そのものがオーダーの自発的角運動量を持つ可能性もあり、白濱研がもつ技術で観測できる射程 内にある。機械工学科閻研究室の協力により厚さ1μm、直径10oのマイクロ円盤 空間を作成し、空間に閉じこめて生成した2次元A相薄膜の角運動量変化を、 SQUIDベースの微小変位装置を用いたトルク測定で検出することを目指している。

3. 固体ヘリウムの超流動的挙動の研究

 固体ヘリウムはヘリウム原子の量子性により原子位置を頻繁に交換する「量子 固体」であり、固体でありながらボース・アインシュタイン凝縮を起こし超流動 を示す可能性が提案されていた。白濱研では2004年にKimとChanが発見した超流 動的挙動をいち早く追試してこの現象の本質を追究してきたが、ねじれ振動子で 観測される超流動的挙動は振動子の弾性変化によって生じることがほぼ確定さ れ、超流動性は存在しないとの見解が定着しつつある。白濱研では理化学研究所 河野低温物理研究室、足利工業大学高橋研究室と共同で固体ヘリウムの弾性率や 超流動挙動に対する回転効果の研究を進めてきた。回転下のねじれ振動子で異常 が生じることを明らかにし、その原因を弾性率の直接測定等により追究している。

4. 超低温・極低温生成技術の開発

 2012年に起こったヘリウムの入手難により、白濱研での低温実験は大きな影響 を受けた。ヘリウムの入手状況に依らず実験を継続できるよう、無冷媒極低温・ 超低温冷凍装置の開発製作を進めている。

5. 2015年度の研究テーマ

立木 智也(D2) 回転下固体ヘリウムの研究
谷 智行(D1) ナノ細孔中ヘリウムを用いた超流動ジョセフソン効果と位相スリッ プの研究
巻内 崇彦(M2) 超流動ヘリウム4の新奇回転効果
酒井 美鈴(M2) 熱伝導によるナノ多孔体中ヘリウムの研究
互井 通裕(M1) 弾性率(圧縮率)によるナノ多孔体中ヘリウムの研究
三国 康佑(M1) PrNi5核断熱消磁冷凍装置の開発と超流動3Heの音波実験
下田 拓実(B4) 超流動3Heの自発的角運動量とカイラルエッジ流の探索
和田 龍馬(B4) 超流動3Heジョセフソン効果検出装置の開発

 

 

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